びっくりするぐらい放置していたブログを更新しようと思い、せっかくなので今年度のゼミ論集の巻頭言を転載します。ご笑覧いただければ。
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今年は新型コロナ感染症の影響で,いろいろな気付きを得た年でした。ゼミ生の皆さんも,これまで当たり前に送っていた生活,友人と食事に行く,気軽に教室に集まって課題に取り組むなどといったことができなく鬱屈とした日々を送ってきたのではないかと思います。しかし,嘆いていても仕方がないので,ここでは新型コロナの流行で何が変わったかという視点から,前向きにできることについて考えていきます。
新型コロナ感染症の流行で起こった変化は細かく見ればたくさんあるでしょう。その中でも目立ったのは非対面でのコミュニケーションの増加です。リモートワーク,Zoom飲み会,遠隔授業,そして食事のテイクアウトなど人と直接あって話す機会が激減しました。これによって,コミュニケーションの形が様変わりしました。私のように日々引きこもってネットともに生きてきた人間にとってはオンラインコミュケーションはなれたものでしたが,社会全体がある程度オンラインでのコミュニケーションに頼らざるを得ない状況となり,そのコミュニケーションの仕方が試行錯誤されました。その中で,非常に重要なポイントは,各自が伝えることを意識しなくては伝わらないということでしょう。対面であれば,話した内容だけでなく、目線やしぐさ、さらには相手の反応を観察しながら何度も繰り返すこともできます。しかしながら,ウェブ上でのコミュニケーションはそれらがうまくできません。普段何気なくしゃべっていた内容が,ウェブ上だけで完結させようとすると,どのように伝えていけばいいだろうと考えながら試行錯誤しました。オンライン講義だと普段の講義の何倍も時間をかけて伝える工夫が必要でした。このように,コミュニケーションそのものを問い直すきっかけとなるような変化でした。
では,その新しいコミュニケーションの形とはどのようなものでしょうか。三つのポイントがあると考えています。一つは,あいまいな表現はなるべく避けるということ,二つ目には相手の反応を意識して得るための工夫をするということ,そして最後に自分からコミュニケーションを仕掛けないと何も動かないということだと私は考えています。一つ目と二つ目は,対面時には言葉以外の部分で補っていた情報が得られなくなったため,より明確に情報のやり取りをすることで,それを補おうという視点です。対面時にはお互いに不足する情報を身振り手振りや表情、その場の空気の中で徐々に埋めることが比較的容易でしたが,ウェブ上のコミュニケーションではそのコストが高すぎます。よって,工夫した情報の発信と受信を自ら設計することが大事になるのです。これが三つ目のポイントにもつながります。Zoomなどでも映らない,聞こえないなどは聞いている側が主体的に伝えないと話者は気づかないということがよくあります。さらには,対面においてはよくあった「たまたまその場にいたから」発生するコミュニケーションはオンラインでは発生しづらいです。主体的にチャットやライブ,音声コミュニケーションSNSなどに参加していかないとそういったセレンディピティが生まれなくなってしまいました。このようにコロナ禍においては,主体性というものが定常時よりも重要になっていると感じています。あるいはコロナに限らず急激な変化の中ではと言い換えたほうがいいかもしれません。このような状況だと主体的に動くだけで主導権が得られます。なぜならば,みんな先が見えない状況で,それまでのやり方が通用しないから,全員が同じスタートラインに立ったような状態だからです。さらには,ここでうまく若い人たちが主導権を握ることができたら今の世の中にある閉塞感を打破する可能性を感じる状況だと感じています。
さて,このように主体的に動くということがより重要になりましたが,いろいろなことが便利になった今の世の中で主体的に動くのは非常に難しいです。何をすればいいのかわからない人もいるかもしれません。私は管理会計を専門とし,現在は組織でのクリエイティブ活動のマネジメントを主に研究しています。ここに引き付けて,最後にそのヒントとなる話をしようと思います。サービス化の進んだ事業やゲームなどの創作物を作る事業では,製品やサービスを作り上げるプロセスに多数の従業員が参加します。従来の経営学の研究の多くは製造業を扱ったもので,製品開発と製造・販売は完全な分業として捉えられてきました。しかし,現代では製品やサービスを企画・製作・販売の距離が近くなっており,事前に完全な製品・サービスの体験を設計しておくことが難しくなっています。そこでは,そのプロセスに参加する従業員の創造性が非常に重要になっています。例えば,飲食店などでも,料理そのもののレシピは事前に作れたとしても,実際に来たお客さんが注文し,食事し,帰るまでの間にどのような体験をするかと考えると,ホールスタッフの接客や店舗の雰囲気作りなど関わるメンバーが各自の対応がその体験に影響することが容易に想像できます。あるいは,顧客のために広告を企画制作するという場合でも,広告の企画で決められること,実際にグラフィックや映像などを制作するアーティスト,どんなメディアで広告を打つか等,担当者それぞれが創造性を発揮して価値を生まなくてはなりません。
そのような場に皆さんが将来的に参加することになった際には,ぜひ管理会計の中でも意思決定や戦略策定を補助する機能として利用する視点を生かしてほしいと思います。それは,環境情報,内部情報つかみ,その情報を価値に転換していくことです。環境情報というのは,マーケティングで扱うような市場の情報や競合他社の情報です。どんな顧客がいてどんなニーズがあるのか,どんな先行商品・サービスがあるのかなどです。それらの情報を価値に転換するというのは,そこで求められているものは何かを探り試してみるということです。そして内部情報というのは組織内部に今求められている製品・サービスを作るために必要な資源や人がどの程度存在し,どれだけの人や資源を新たな価値を作り出すために動かせるのかという情報です。まずはこうした情報を得るということをぜひ始めてみてください。そうすれば自ずと,「今求められているけれども,手近にはないようなもの」が見えてきて,主体的に動いて手に入れようとせざるを得ません。それがアイデアのもとですし,主体性の燃料なのです。ですから若い皆さんは良く社会の動きを観察すること、そして身の回りあるものを把握することに積極的に取り組んでみてください。
新型コロナ感染症の蔓延で暗澹とする気持ちも,世界をよく見ることで少しは晴れてくるのではないでしょうか。ワクチンの接種も始まり,ようやく光が指してきました。今こそ目線を上げて助走をはじめるべき時なのかもしれません。卒業する皆さんは,こんな時だからこそ頑張って社会の主導権を手に入れていってください。そして若者人口減少の今の若い人たちは,それをお互い協力しながらやっていけるような姿勢を持っていると思っています。出鼻をくじかれそうになっても,しぶとくやっていきましょう。
リモートワークのためにDIYで改装した書斎にて2021年3月
篠原 巨司馬